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株式会社エイチ・ジェイ・エル代表取締役社長 佐々木高行さん Vol.2

前回に引き続きご紹介するのは、株式会社エイチ・ジェイ・エル
代表取締役社長 佐々木高行さん
  (ABS11期受講、ソウルより通信科で受講)
    http://www.hematolo.com/index.html
事業内容は、「最新技術による医療検査解析や研究開発」です。

白血病に代表される造血器腫瘍を、世界に唯一の技術によって
解析・分析するという社会的にも大変意義の高い分野で活躍されています。

前回の文章はこちらにあります。↓
 http://abscommunity.blog37.fc2.com/blog-entry-88.html
今回は、『転機』をお届けします。
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                (Q、松澤 / A、佐々木さん)

Q、ソニーを辞めてHJLに移られたということですが、どういう経緯で
  HJLを起こしておられた宮崎さんと出会われたのですか?


A、ABSを通信科で受講していた韓国駐在から帰ってきて、
  新しいビジネスを起こすというプロジェクトに携わっていました。
  しかし、それが諸事情があって頓挫してしまいました。
  それでも仕事はあったので、残っていれば定年まで働けたのですが、
  もう少しいろいろやってみたいという気持ちを強く持っておりました。

  それで人材紹介会社等に相談していたのですが、それらを通じて今
  の会社を知り、宮崎と出会いました。

  何度か話をしていくなかで、ソニー時代に、私が考えていた、
  ”人に貢献できる”、”シリアスな分野の仕事”であり、かつ、
  創業者の宮崎が”国内に限らない、グローバルビジネス展開”
  に理解を十分持っており、今後一緒にやっていく上で、自分の
  専門性が活かせると思ったことがあります。

  また、出来たばかりのベンチャーでしたから、失敗も成功も自分次第
  であったことでしょうか。

  それに、HJLの保持している技術がこれまで知られていない物ですが
  世界で通用するものであり競争力があると考えたことも、転職を決めた
  重要な要素でした。



sasaki_faceup2.jpg


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Q、30年、同じ会社におられ、そのままいれば定年までいて退職金を
  もらってという安定した暮らしが保証されていたと思います。
  踏み切られる時には勇気がいったと思うのですがいかがですか?


A、そうですね。50代にもなっていますし、このまま残ると、
  将来的には定年も延びるかもしれないとも考えていました。
  
  しかし、種々内外の環境変化で、会社として、少しおとなしく
  なりすぎたと考えていたというところがありました。

  私としては、歳にもめげず、もっと暴れるというか、思いっきり
  やってみたいと思っておりました。しかし、会社は成功確率が
  高いものに集中しなければならない状況にありましたので
  このままでは、あまり冒険できない環境という実感がありました。

  また75歳(笑)まで働きたいと考えていましたし、より活躍できる
  ところに行きたいと考えていました 。

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Q、心境の変化、環境の変化、いい出会いが重なって、これだったら次の
  ビジネス人生をかけてもいいと思われたんですね。
  最終的にはなにが自分を後押ししたんですか?

A、数手なりますが、一つは自分のキャリアが活かせるだろうと思った
  ことですね。
  
  何かをする時は、過去の時間を掛けて作ってきた経験が活きる
  ということが大事だと思います。私のキャリアは、ワールドワイドな
  展開力と異文化でのマネジメント力に自信がありました。

  日本でのビジネス経験のほか、韓国、フィリピン、中東全域を
  担当して、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、韓国では長年
  駐在もしておりました。

  過去に海外に駐在した経験もさることながら、日本に帰ってきて
  担当したメディカルチームがワールドワイドで存在しており、
  それらアメリカ、ヨーロッパのチームとも一緒にビジネス展開し、
  医療現場での経験、異文化間でのコミュニケーション能力等でやれる
  自信がありました。

  もちろん、現職業の内容は、そのときの対象とは全くかけ離れて
  おりますが、その一番先にいるのは、患者さんという意味では
  全く違いはありませんでした。

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  また、実は、私自身、前職時代にヘルパー2級(訪問看護士)の免許を
  取得しており、どんな業界でも、現場に全ての「要求」とその「答え」
  が有ると言う事を体得してきたつもりでした。

  今は、現職を通じて、世界中の白血病の患者さんの笑って病院から
  退院する姿を、ドクターの後ろから見送って行きたいと思っております。
  業種は異なっても、現場で苦しむ患者さんへの献身、社会貢献という
  大義名分も後押ししてくれています。


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Q、さて話は変わりますが、ソウル在住の時、ABSを通信科で受講されま
  したね。開講式はお越しになり、一番前に座っておられたのが印象的です。
  アタッカーズに来られた理由、そして学んだこと教えていただけますか?


A、今回ここまで来たのはアタッカーズのおかげです。率直に言えます。
  本当は通いたかったのですが、韓国から通うのはちょっと難しい
  ものがあり通信科での受講となりました。

  受講した理由のひとつは、会社の中で新しいプロジェクトが
  できたらなぁと思っていたことです。あの時は会社を辞めるとは
  想像もしていませんでした。会社の中でプロジェクトを進行していく、
  事業を起こしていくということを勉強したいと思っての受講でした。

  当時はどこもリストラをしていた時期ですが、前会社は、
  豊富な人員を使って、新規ビジネス展開をしてみるという
  ことに関心はあったようです。小さいビジネスであれば、
  その程度の資金はあったわけで。

  そこで、講義の時、大前さんに質問しました。
  
  今でも覚えています。私が、

  「ABSで学んで起業しても、大企業が新しいことを
   やりだしたら立ち向かえるはずがないんじゃないですか?」

   と質問すると、大前塾長から

  「僕も昔日立にいたんだけど、そんなことは大企業にいた
  場合は難しいよ。ひとつは足引っ張るやつが必ずいる。
  もうひとつは事業化して、スタートするにしても事業化するには
  すごい時間がかかる。

   そして、そのとき引き上げてくれた上司がこのままずっと
  残るとは限らない。どっかいっちゃうと、そのプロジェクトは
  潰れてしまう可能性がある。そんなことがいっぱいあり、
  すごい時間がかかる。そんな時間に耐えられると思いますか?
  それだったら自分で起こしたほうが早いよ」

  と。。

  ”確かにそうだな”と思いました。
  その後、結局会社の中でその通りになりました。
  何年かして、またトライしてみましたが、またその通りになり、
  ”やはり難しい”のだなと思いましたね。
  
  そしたら、自分でやったほうが早いなと改めて思いましたよ。

  大前さんの言葉が完全にきっかけになりました。。



●次回は『新しい舞台』についてお伝え致します。ご期待ください。

      (この記事は対象企業へ取材し、作成しております。松澤)
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*起業家志望の読者の皆様が、ここでご紹介する方の起業していく
 プロセスを知ることで、追体験していただくことが目的です。

 結果的にロールモデルを作ることで、より成果が出やすい
 発想や行動に 切り替わることきっかけとなることを思います!


 いずれにしても是非、一緒に応援してあげて下さい!

⇒「エイチ・ジェイ・エル」 http://www.hematolo.com/index.html



この文章は大前研一のアタッカーズ・ビジネススクールが発行するメルマガ【情熱DNA】(まぐまぐ殿堂入り)にて配信した内容です。ご登録いただければ毎週水曜日、お手元に届きます。こちらから
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