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【大前研一特別講義 議事録】 『経営者の勘所』 (2012年5月20日開催)

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 ※2012年5月20日(日)アタッカーズ・ビジネススクールで開催された講義の内容を
  抜粋したものです。複写・転用はご遠慮ください。
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●「アカデミックスマート」と「ストリートスマート」

いまの経営者は自分以外のところに問題を見つけようとするし、
イクスキューズが多すぎる。
それは、いまの経営者が修羅場を通ってきていないからだと思う。
戦後はノーイクスキューズの状態で財閥が解体されて、
多くの修羅場を通っているから、したたかな経営者が
どんどん生まれた。
彼らはストリートスマート。
アカデミックスマートとは違って、嗅覚や感覚が研ぎ澄まされている。
いま何を作ったら売れるかということに非常に勘がある。
これがいまの経営者にはなくなっている。
ストリートスマートを目指すなら、日本の戦後史から学ぶことをすすめるよ。

ぼくが感動した「私の履歴書」は、ヤマハ創業者の川上源一のもの。
戦争が終わって、苦労をして、アメリカ行くわけよ。
当時アメリカには船かハワイ経由で行くんだな。行くのも結構大変。
アメリカに行ってみて頭にきたと。
日本が貧しくてまだ食うや食わずで生活しているのに、
アメリカ人はとにかくレジャーやプレジャーをやって、楽しんでいる。
悔しいとか、うらやましい、とかそんな感情なしに、
アメリカ人は戦争終わって間もないのにこうやって楽しんでいるんだと感動して、
「そうだ、日本も復興してきたらプレジャーが事業になるかもしれない」と
ヨットやバイク、ピアノの事業を始めるわけよ。

高校を出たか出ていないかの方なので、学問もなにも知らないんだけれど、
「いいピアノを作るにはどうしたらいいのか」
こう発想するんだよね。
そうすると木によってどう音が違うか、と違う木で鍵盤をつくってピアノにする。
同じ木でも半年乾かしたものと2年乾かしたものではどう音がちがうか、と実験をする。
同じ木で弦が違うとどうなるか、とかね。
鋳物で弦を両側に引っ張るんだけど、鋳物が変わるとどう違うか調べるわけだ。
それで18万通りのピアノを作るわけだ。18万通りでもっていいピアノはこう作る、と。
いまのドクター論文より精巧な実験やってるよ。
科学的なアプローチなんだよ。
スキー板も、テニスラケットもアーチェリーも、ヤマハが製造。
ボートまで作ってしまうんだよ。
川上さんの製造のルーツはいつも同じ。

彼が勉強したのは「孫子の兵法」。
「孫子の兵法」だけ何回も読み込んで、あることに注目する。
日本でもピアノを普及させたいけれどみんなピアノを買うお金がない。
どうしたら、ピアノを買ってもらえるか。
そこで、病院に行って赤ちゃんが生まれると、
「おめでとうございます。今から毎月1000円ずつ貯金をしていただけると、
ちょうどいい歳になるとピアノを買える金額になります」と
10数年お金をためてピアノを買うと。
そして、4歳からピアノ音楽学校においで、とピアノ教室を作ったら、
日本家庭のピアノの浸透率は20%になって、
ドイツ・アメリカよりも浸透率が上がってしまった。

川上さんのこういった試みは、全部本能でやっている。
どうしたらいいか、いつも自分の頭で考えている。
そこに必要な学問は「孫子の兵法」だけだよ。
どうやったらピアノみたいな高いものが売れるのか。
ヤマハも非常にいいピアノを作れるようになったんだけれど、
スタインウェイという世界的なピアノ製造会社がが売りに出ていた。
当時のお金で20億円くらいだったな。
僕は当時経営コンサルタントだったので、川上さんにスタインウェイ買えますよ、と言ったら、
「俺はスタインウェイに追いつき追い越そうと一生かけてやってきた。
金で買えても買う気はしない」と彼は買わなかった。
彼の言い分はわかるよね。
追いつき追い越そうとやってきた会社が、20億と聞くとがっかりすると。
当時のヤマハにとっての20億円は、はした金だった。

こういう物語、彼とは非常に長い間付き合っていたからわかっているんだけれど、
全部は「私の履歴書」に書いてないよ。

戦後の泥沼からはいあがってきた経営者の「私の履歴書」は面白かったね。
要するに波乱万丈。
いまの「私の履歴書」は、
なんとか東京大学に合格しまして、
なんとかこういうところに就職しまして、
って半分自慢話じゃないか。面白くもなんともないね。
それでお前は平凡な人生を送ったなと、最近のやつは面白くないよ。
昔の「私の履歴書」をいくつか読んだらいいよ。

北陸で生まれたグローバル企業がある。ひとつはコマツ製作所。
そして、YKK。YKKの吉田忠雄さんという創始者の方は、小学校くらいしか出ていない。
この人の「私の履歴書」は川上源一と匹敵するくらい面白いぜ。
吉田さんもアメリカに旅行している。
彼はアメリカであるパーティに出てみたら、女の人がいまでいうカクテルドレスを着ていた。
ドレスについているアルミのジッパーが女性の肌に冷たそうに見えた。
肌に冷たくないジッパーを作れないかということで、ナイロンジッパーの研究を始めて、
世界シェアはいま4割。一時は7割だった。
中国に2,000社もジッパーの会社がでてきて、安い方はシェアをとられているんだけれど。
彼の原点はアメリカはアルミがドレスに似合わないのではないかという一点から
ナイロンジッパーの開発に取り組んで、シェア1位になった。
ナイロンジッパーは、アルミよりも服に合うし、いろんな色で開発できる。

アカデミックスマートは秩序のある世界では強いけれど、
秩序のない世界ではストリートスマート。町のけんかでは負けない、という。
歴史から学ぶといっても、歴史の教科書を読めというわけではなくて、
いくつかの日本を代表する経営者・会社から学ぶのがいいんじゃないかな。
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