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曹操と劉備 (中国、三国時代) 3世紀前半

第六回目は、日本でも人気の高い「三国志」に登場する、
曹操そして劉備の違いについて考えてみましょう。
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第六回 ~人が集まる理由~
 曹操と劉備 (中国、三国時代) 3世紀前半
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日本には老若男女を問わず、「三国志」ファンが多く存在します。

吉川英治の小説、横山光輝の漫画、そしてTVゲームなど、
各年代で、様々な媒体で取り上げられており、
「三国志」には、時代を超えた魅力があるようです。

人々を魅了する理由の一つに、数千人におよぶ登場人物たちの
個性のぶつかりあいがあげられるかと思います。

その中でも、「三国」のうちの二国のトップ、魏の曹操と蜀の劉備の持つ
個性の違いは際立っており、それぞれまったく別のやり方で人々を率い、
そして国を築いていきました。


曹操は、政治家、軍事指導者としての才能にあふれ、
とうとう中国大陸の半分近い領土をその手に収めていきました。

彼は「人材マニア」であり、優秀な人材を常に求めていました。
ライバルの劉備の配下の猛将、関羽をあの手この手で配下に
しようとしたというのは有名な話です。

また、曹操は能力主義を徹底しており、成果が出ればどんどん抜擢し、
敵国出身の将であったとしても、有能であれば、厚遇で迎え入れたのです。
曹操のこの方針により、次々と有能な人間が彼の元に集まり、
彼らの協力を得て、組織を強大なものにすることが出来たのです。


一方、蜀の劉備は、曹操とは正反対で、戦争下手で、優柔不断では
あるものの、大変徳の高い人物として人々に親しまれています。

戦いに敗れ、国を追われた劉備は、国の住民を伴って逃げていきました
住民をおいていってしまったほうが移動も早いため、追手の軍隊から
逃れやすいのですが、劉備は自分が生き延びるために、
住民を犠牲にすることは決して出来なかったのです。

そんな劉備であるからこそ、チャンスを逃すことも多かったのですが、
関羽や張飛、孔明といった大きな才能が彼の人徳に惚れ、
民衆もまた劉備を受けれ入れ、組織が一致団結することで
ついには蜀の国を築くことが出来たのでした。


アントレプレナーとして、ゼロから有を生み出そうとするときに、
やろうとしていることのビジョンやプランがいくら素晴らしくても、
あるいは資源が十分にあっても、または本人の資質がいくら高くても
それだけでは成功はしません。
やはり人の協力を得て初めて、物事はうまくいくものです。

その人自身の人間的な魅力にひきつけられて、もしくは、
「ここなら自分が活躍できる」と周りの人が協力してくれることで、
足りないものを補い、組織が有機的に動き出していくことで
成功に近づけるのではないでしょうか。

そういう意味では、曹操と劉備は決して同じタイプの人間というわけでは
ありませんでしたが、それぞれがそれぞれなりの方法で、人を引き寄せ、
協力を得ることができ、一国を築いていったのです。



◎ここで、歴史は皆さんに問いかけます・・・。

 是非、少し時間をとって考えてみてください。
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 ・あなたは周りにどのような人を集めていきたいですか?



 ・その人たちを集めるためには、どのようなアプローチが
  必要だと思いますか?



 ・あなたは、周りの人を引き寄せるために、
  劉備や曹操から何を学びますか?



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*参考文献:
・『三国志』(吉川英治、吉川英治歴史時代文庫)
・『曹操~三国志の奸雄』(竹田晃、講談社学術文庫)
・『中国の歴史 4』(金文京、講談社)



「三国志」は大変奥が深く、他にもいろいろなテーマで掘り下げること
ができます。別の機会を捉えて、もう少し深堀してみたいと思います!


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