家電におけるDELLモデル実験
フラットテレビの価格下落がとまらない。
先日の日経朝刊チラシにユニデンの大々的な広告があった。
ユニデンは、日本での知名度こそ低いが、
コードレス電話機市場のNo.1企業で、北米ではシェア35%
程度をもつ優良企業である。
そのユニデンが、27型液晶テレビを9万千円台で発売した。
まさに10年前に叫ばれた価格破壊の再来だ。
ユニデンの衝撃は単に価格が安いというだけではない。
メーカ直販、楽天、Yahooの3つのオンラインチャネルのみで
販売される点も興味深い。
家電販売といえば、昔は街の電気屋さんやアキバ系、
10年前はYKK(ヤマダ、コジマ、ケーズ)といった郊外型店舗、
最近では駅前のヨドバシ、ビックといった巨艦店が幅を利かせている。
そして、家電製品のプライスリーダとしてこれらの大型販売会社
の方針に左右される家電メーカ=低収益という図式になってしまった。
ユニデンの今回の試みは
これらの流通構造に真っ向勝負という側面でも面白い。
そして、家電製品の未来像というものが
ここに見え隠れするような気がしてならない。
本来、テレビのような家電製品は完全な垂直統合型だった。
つまり、1つの会社の中で大勢のスタッフが
企画、設計、製造、販売と一連のチェーンを構成している。
しかし、垂直統合ですべてを内製化する反作用として、
設備投資を回収するためにも販売ボリュームを確保したいという
プレッシャーが働き、
量販店チャネルの確保→イニシャティブを販売店に握られる
→最終価格がアンコントロール→収益低下という循環
になってしまっているのではないか。
今期の電機各社の決算を見ても明らかにぱっとしているとはいえない。
この構図の間隙を突いたのが今回のユニデンの試みだろう。
一言でいえば、ユニデンは家電における水平分業の実験台だ。
水平分業できればフラットテレビメーカーが乱立している今日、
DELLがシェアトップに躍り出たような事態(PCの直販)が、
家電分野に生ずることになることが示唆される。
さて、このような水平分業が実現できる背景にはテクノロジーの
モジュール化がある。
つまり、ユニデンはキーパーツを内製することはできない。
フラットパネルや画像エンジンなどのキーパーツは外部からモジュール
として調達する。
ユニデンは顧客のニーズを把握して、マッチしたものをデザインする。
そのためにはエンド顧客の囲い込みが必要であり、オンラインという
チャネルが重要だ。
ここで考えさせられるのはキーとなるモジュールは
外部が生産した知的付加価値だということ。
この知的付加価値を創造した当事者はユニデン
のようなキャリアにのって自らの付加価値を拡散する。
つまり、コアとなる付加価値を創造することに特化するものと、
それをコーディネートしてエンドプロダクトを企画するものの2つに
機能が分化していく。
仮にこれが主流となれば既存の家電ブランドが崩壊する可能性もある。
今後ユニデンが家電業界のDELLになれるかどうかは注目していきたいが、
ユニデンのビジネスモデルは、自社、市場、競合を実によく見て、自ら
の得意な部分だけに特化しているように映る。
最近の技術や、商品で今後注目されるであろうものを取り上げます。
読者の方は、ここから事業機会を汲み取ってください!
(文章は、大手エンジニア系企業にて研究職、技術営業をされている
方々にチームを結成いただき、議論の後、まとめていただきました。)
この文章は大前研一のアタッカーズ・ビジネススクールが発行するメルマガ【情熱DNA】(まぐまぐ殿堂入り)にて配信した内容です。ご登録いただければ毎週水曜日、お手元に届きます。こちらから
先日の日経朝刊チラシにユニデンの大々的な広告があった。
ユニデンは、日本での知名度こそ低いが、
コードレス電話機市場のNo.1企業で、北米ではシェア35%
程度をもつ優良企業である。
そのユニデンが、27型液晶テレビを9万千円台で発売した。
まさに10年前に叫ばれた価格破壊の再来だ。
ユニデンの衝撃は単に価格が安いというだけではない。
メーカ直販、楽天、Yahooの3つのオンラインチャネルのみで
販売される点も興味深い。
家電販売といえば、昔は街の電気屋さんやアキバ系、
10年前はYKK(ヤマダ、コジマ、ケーズ)といった郊外型店舗、
最近では駅前のヨドバシ、ビックといった巨艦店が幅を利かせている。
そして、家電製品のプライスリーダとしてこれらの大型販売会社
の方針に左右される家電メーカ=低収益という図式になってしまった。
ユニデンの今回の試みは
これらの流通構造に真っ向勝負という側面でも面白い。
そして、家電製品の未来像というものが
ここに見え隠れするような気がしてならない。
本来、テレビのような家電製品は完全な垂直統合型だった。
つまり、1つの会社の中で大勢のスタッフが
企画、設計、製造、販売と一連のチェーンを構成している。
しかし、垂直統合ですべてを内製化する反作用として、
設備投資を回収するためにも販売ボリュームを確保したいという
プレッシャーが働き、
量販店チャネルの確保→イニシャティブを販売店に握られる
→最終価格がアンコントロール→収益低下という循環
になってしまっているのではないか。
今期の電機各社の決算を見ても明らかにぱっとしているとはいえない。
この構図の間隙を突いたのが今回のユニデンの試みだろう。
一言でいえば、ユニデンは家電における水平分業の実験台だ。
水平分業できればフラットテレビメーカーが乱立している今日、
DELLがシェアトップに躍り出たような事態(PCの直販)が、
家電分野に生ずることになることが示唆される。
さて、このような水平分業が実現できる背景にはテクノロジーの
モジュール化がある。
つまり、ユニデンはキーパーツを内製することはできない。
フラットパネルや画像エンジンなどのキーパーツは外部からモジュール
として調達する。
ユニデンは顧客のニーズを把握して、マッチしたものをデザインする。
そのためにはエンド顧客の囲い込みが必要であり、オンラインという
チャネルが重要だ。
ここで考えさせられるのはキーとなるモジュールは
外部が生産した知的付加価値だということ。
この知的付加価値を創造した当事者はユニデン
のようなキャリアにのって自らの付加価値を拡散する。
つまり、コアとなる付加価値を創造することに特化するものと、
それをコーディネートしてエンドプロダクトを企画するものの2つに
機能が分化していく。
仮にこれが主流となれば既存の家電ブランドが崩壊する可能性もある。
今後ユニデンが家電業界のDELLになれるかどうかは注目していきたいが、
ユニデンのビジネスモデルは、自社、市場、競合を実によく見て、自ら
の得意な部分だけに特化しているように映る。
最近の技術や、商品で今後注目されるであろうものを取り上げます。
読者の方は、ここから事業機会を汲み取ってください!
(文章は、大手エンジニア系企業にて研究職、技術営業をされている
方々にチームを結成いただき、議論の後、まとめていただきました。)
この文章は大前研一のアタッカーズ・ビジネススクールが発行するメルマガ【情熱DNA】(まぐまぐ殿堂入り)にて配信した内容です。ご登録いただければ毎週水曜日、お手元に届きます。こちらから
タリーズコーヒージャパン株式会社 代表取締役社長、松田公太氏 vol.3
*見切り発車
シアトルでは、スペシャルティコーヒーの店を探してとにかく歩いた。
当時、コーヒーに関してはズブの素人だった松田は
テイスティングのやり方も知らず、味を見極めるまで何度もすすり続ける
と次第に腹がふくれていき、歩いていると胃がしめつけられるように痛んだ。
それでも毎日、スターバックスのような大手から
一店舗のだけの店まで、行き当たる限り、コーヒーショップという
コーヒーショップに入り、 50店以上でコーヒーを飲んだ。
決していい加減にはできない、人生を賭けた味見なのである。
そんな中、タリーズとの運命的な出会いは、
シアトルでの1日目、飲み歩きを始めてちょうど10 店目のことだった。
「コーヒー・オブ・ザ・デイ(本日のコーヒー)」を飲んで、
“なんてうまいんだ!”
と感じたのが第一印象だった。
衝撃的と言える味である。
実は、もうこの頃にはコーヒーを飲むのが
きつくなり始めていたのだが、一気に飲み干すことができた。
他のコーヒーに比べて最も雑味がなくコクがあり、
しかも渋みの中に不思議と甘みすら覚えた。
それまで飲んだ中で、香り、味ともに最高だ。
その考えは、結局、50 店を回り終えるまで変わらなかった。
後に知るのだが、タリーズでは、コーヒー豆はスペシャルティ
コーヒー店のなかでも最高級のものを使用しているということだった。
店員に話をしようとすると、用件はタリーズ本社に
連絡してくれという。すぐに渡された番号に電話をかけた。
呼び出そうとした相手は、店員から名前を聞いた、
創業者であり、会長(当時)のトム・オキーフだ。
いきなり最初から意思決定権を持った人に
話をするというのは、松田が銀行での営業を通じて学んだやり方だ。
銀行の顧客となる企業の社員からいくら好感触を得ても、
その人が決定権を持っていなければ意味がない。
結局、人を介して話をしても、気持ちは半分も伝わらないのである。
タリーズの場合、決定権を持つのはトム・オキーフだった。
訳のわからない日本人の若者が、いきなり会長と話をしたがっている。
どうも銀行員らしいが、銀行とは関係ないビジネスの話があるという。
松田の意図を測りかね、先方もさぞや不審に思ったことだろう。
すでに当時、タリーズはシアトルを中心に
20数店舗を展開しており、地元ではかなりの人気店だった。
「オキーフはただ今、外出中です」
ひとことで電話を切られたのも仕方なかった。
シアトルから日本に戻った松田は、タリーズにEメールを送る毎日が始まった。
銀行の仕事を終え自宅に戻った深夜、夜な夜なパソコンに向かった。
自己紹介に始まり、次にタリーズが日本に進出した場合を想定して、
自分なりのビジネスの方法論を展開した。タリーズに送った「レポート」
は、週1度のペースで10回以上に及んだ。
そうして何回かメールを書いているうち、
タリーズ副社長(当時)のアールジェイ・セルフリッジからメールで返事があった。
と言っても、「参考になる意見をありがとう」という程度に過ぎない。
決して反応が良いわけではなかった。
それでも松田は諦めずに、せっせとメールを書きつづけた。
シアトル訪問から2ヶ月が経った96 年6月末、
6年間勤めた三和銀行を退行した。
その時点で、タリーズと契約ができるという見込みはまったくなかった。
しかし、「タリーズで起業したい」という思いは日増しに強まってくる。
もはや進むべき道が決まった以上、銀行員を続けていても仕方なかった。
*文章はABS講義テキストより抜粋
●上記を受け、以下について考えてみてください。
そして是非、書き出して見て下さいね。
○─────────────────────────────○
◇TRY1
あなたがこれまで、”ピン!”ときたことはどんなことですか?
◇TRY2
普通考えて、”難しいのでは?”と思われることでうまくいった
ことはどんなことですか?そのときの気持ちはどんなでしたか?
◇TRY3
”捨ててもいい”と思っていることで、まだ手元に有ることはある
ものはなんですか?(肩書、給与、安定などですか?)
それを所持する代償で失っていることはどんなことですか?
○─────────────────────────────○
さて、以降のストーリーは、
松田公太氏、自著「すべては一杯のコーヒーから」をご覧ください。
熱くなれることでしょう!。
この文章は大前研一のアタッカーズ・ビジネススクールが発行するメルマガ【情熱DNA】(まぐまぐ殿堂入り)にて配信した内容です。ご登録いただければ毎週水曜日、お手元に届きます。こちらから
シアトルでは、スペシャルティコーヒーの店を探してとにかく歩いた。
当時、コーヒーに関してはズブの素人だった松田は
テイスティングのやり方も知らず、味を見極めるまで何度もすすり続ける
と次第に腹がふくれていき、歩いていると胃がしめつけられるように痛んだ。
それでも毎日、スターバックスのような大手から
一店舗のだけの店まで、行き当たる限り、コーヒーショップという
コーヒーショップに入り、 50店以上でコーヒーを飲んだ。
決していい加減にはできない、人生を賭けた味見なのである。
そんな中、タリーズとの運命的な出会いは、
シアトルでの1日目、飲み歩きを始めてちょうど10 店目のことだった。
「コーヒー・オブ・ザ・デイ(本日のコーヒー)」を飲んで、
“なんてうまいんだ!”
と感じたのが第一印象だった。
衝撃的と言える味である。
実は、もうこの頃にはコーヒーを飲むのが
きつくなり始めていたのだが、一気に飲み干すことができた。
他のコーヒーに比べて最も雑味がなくコクがあり、
しかも渋みの中に不思議と甘みすら覚えた。
それまで飲んだ中で、香り、味ともに最高だ。
その考えは、結局、50 店を回り終えるまで変わらなかった。
後に知るのだが、タリーズでは、コーヒー豆はスペシャルティ
コーヒー店のなかでも最高級のものを使用しているということだった。
店員に話をしようとすると、用件はタリーズ本社に
連絡してくれという。すぐに渡された番号に電話をかけた。
呼び出そうとした相手は、店員から名前を聞いた、
創業者であり、会長(当時)のトム・オキーフだ。
いきなり最初から意思決定権を持った人に
話をするというのは、松田が銀行での営業を通じて学んだやり方だ。
銀行の顧客となる企業の社員からいくら好感触を得ても、
その人が決定権を持っていなければ意味がない。
結局、人を介して話をしても、気持ちは半分も伝わらないのである。
タリーズの場合、決定権を持つのはトム・オキーフだった。
訳のわからない日本人の若者が、いきなり会長と話をしたがっている。
どうも銀行員らしいが、銀行とは関係ないビジネスの話があるという。
松田の意図を測りかね、先方もさぞや不審に思ったことだろう。
すでに当時、タリーズはシアトルを中心に
20数店舗を展開しており、地元ではかなりの人気店だった。
「オキーフはただ今、外出中です」
ひとことで電話を切られたのも仕方なかった。
シアトルから日本に戻った松田は、タリーズにEメールを送る毎日が始まった。
銀行の仕事を終え自宅に戻った深夜、夜な夜なパソコンに向かった。
自己紹介に始まり、次にタリーズが日本に進出した場合を想定して、
自分なりのビジネスの方法論を展開した。タリーズに送った「レポート」
は、週1度のペースで10回以上に及んだ。
そうして何回かメールを書いているうち、
タリーズ副社長(当時)のアールジェイ・セルフリッジからメールで返事があった。
と言っても、「参考になる意見をありがとう」という程度に過ぎない。
決して反応が良いわけではなかった。
それでも松田は諦めずに、せっせとメールを書きつづけた。
シアトル訪問から2ヶ月が経った96 年6月末、
6年間勤めた三和銀行を退行した。
その時点で、タリーズと契約ができるという見込みはまったくなかった。
しかし、「タリーズで起業したい」という思いは日増しに強まってくる。
もはや進むべき道が決まった以上、銀行員を続けていても仕方なかった。
*文章はABS講義テキストより抜粋
●上記を受け、以下について考えてみてください。
そして是非、書き出して見て下さいね。
○─────────────────────────────○
◇TRY1
あなたがこれまで、”ピン!”ときたことはどんなことですか?
◇TRY2
普通考えて、”難しいのでは?”と思われることでうまくいった
ことはどんなことですか?そのときの気持ちはどんなでしたか?
◇TRY3
”捨ててもいい”と思っていることで、まだ手元に有ることはある
ものはなんですか?(肩書、給与、安定などですか?)
それを所持する代償で失っていることはどんなことですか?
○─────────────────────────────○
さて、以降のストーリーは、
松田公太氏、自著「すべては一杯のコーヒーから」をご覧ください。
熱くなれることでしょう!。
この文章は大前研一のアタッカーズ・ビジネススクールが発行するメルマガ【情熱DNA】(まぐまぐ殿堂入り)にて配信した内容です。ご登録いただければ毎週水曜日、お手元に届きます。こちらから


